グローバルナビゲーションへ

メニューへ

本文へ

フッターへ

2024.4.1

鍵善良房が出会う
閃きの庭

鍵善良房が出会う閃きの庭

東と西の出会い

かつては聖徳太子の別荘地であったと伝わる西山の地にたたずむ西芳寺。731 年、行基菩薩が法相宗の寺として開山したのを起源に、1339 年に作庭の名手でもあった高僧、夢窓国師が臨済宗の禅寺として再興。足利義満や義政など歴史に名を馳せる武将や多くの貴人が参拝したとされています。そんな西芳寺を、東山の地にある京菓子の老舗「御菓子司 鍵善良房」15 代当主の今西善也さんがたずねました。

京都の東・祇園の老舗との出会い

鍵善良房(以下、鍵善)は、京都の東側・祇園の中心部で300 年以上もの間、暖簾を守り継いできた老舗の菓子店。2021 年には美術館「ZENBI- 鍵善良房 -KAGIZEN ART MUSEUM」をオープンし、今西さんは自ら館長を兼務。伝統を守りながら、新たな創造に臆することなく挑戦する姿は、京都において注目を集めています。

「以前にも参拝したことはあるんですが、いつだったかなぁ... というくらい前かもしれません」と、今西さん。 お菓子作り、文化や芸術の振興と忙しい日々を送られていますが、久しぶりに訪れた西芳寺の印象を聞くとこんな答えが。「空気がとてもクリアというか、澄んでいるというか。うまく言えないのですが、自分の中まで澄み渡るような。そんな気持ちになりました」

心の中の静寂感

そして、「静か」。ただし、それは音の静かさではなく「心の中も静かになるような、静寂感に圧倒されました」とも。 「かつては、聖徳太子の別荘地であったと聞きました。街中から離れたこの場所は、昔も今もここにいることが豊かなことなのではないかと思います。こんな贅沢なことはないですよね」

何気ない場所にある美

今西さんの記憶には、西芳寺を訪れた時に見つけた、ふとした瞬間や目に止まったものが未だに残っているのだとか。 「私が心惹かれたのは、水の流れや木漏れ日、庭園に落ちる影、青々とした苔の上に落ちた枯葉など、園路の何気ないものでした。それが本当に美しいのです」

続けて、「西芳寺の庭は、作為的であるかのように見えて、本物の自然以上に自然であるように感じます。執事長の方がお話しされていた『自然と苔むしている』という言葉が非常に印象的で、手を入れていない美しさというか、ありのままの姿の素晴らしさに感動しました」とも。

「あるがままの姿」とは

庭園では、冬の間、苔の上に落ち葉が積もろうとも、それを取り除くことはしません。庭師曰く寒い期間、葉を覆い被せることで苔を休ませ、春まで力を蓄えさせるのだとか。庭師が箒き仕事を行うのは、3 月以降。苔の様子に目を配り、一気に箒き始めます。 手入れをしたとしても、1 日経てば、風に吹かれてやってきた葉っぱがぽとりと苔の上に落ちることもあります。参拝者が見るからといって、いらないものを取り除くのではなく、あえて見せることで、「あるがままの姿」をそこに表します。西芳寺のあり様に今西さんは深く感銘を受けられたそうです。

西芳寺と和菓子の共通点

抗えぬ自然への敬意を絶対的な柱とし、人の手により守り継がれてきた庭園。今西さんは、こんなことを話します。 「ありのままに見えるけれど、人が歩く園路はきれいに掃き清められていて、本当は、丁寧に手入れをされているのだと思います。でも、あるがままであるかのように感じさせているんです。実は、和菓子もシンプルなものほど、しっかりと手間暇をかけて作られています。西芳寺の庭と和菓子作りには似ている部分があるのかもしれません」

この日、今西さんは、境内を歩く中で、西芳寺にちなんだお菓子を閃いたそう。

それは四角い白の世界に緑と青の曲線が描かれた美しいお干菓子。 米粉と上白糖をあわせたものに、蜜を加えて硬さの塩梅をとり、四角く整ったものを切り出すと、ふんわりと柔らかな白の中に緑と青の曲線が流れています。

庭は自分と向き合う場所

「苔寺として世界的に有名なお寺ですから、全部を緑にしたり、まだらにしたり、いろいろと考えましたが、何か違うなぁと何度も逡巡、試作を重ねました。庭というのは、自分と向き合う場所で、真っ白な気持ちで佇むものではないか」と、自身が体感した繊細な心の機微を表現しています。 また、緑と青には、西芳寺の庭で印象に残ったシーンを写しているのだそう。

「人によって見たものをどう捉えるかは異なりますよね。お菓子がイメージを決めてしまうと、おもしろくないと思うんです」 お菓子にのせた色合いは、苔なのか木の葉か、流れる水か空か、それとも全く違うものか。今西さんは、多くを語らず、このお干菓子に余白を持たせています。 「庭をぐるりと歩くだけで、十分すぎるインスピレーションを受けることができました。お菓子は、食べる人が持ち帰り、箱を開いた時に初めて完成するものだと考えています。参拝した方に西芳寺で見たものや感じたことを思い出してもらえるきっかけになればいいなぁと思います」

お菓子を通した心の対話

西芳寺と鍵善・今西さんの出会いにより生まれたお干菓子は、西芳寺でお求めになれます。蓋を開ければ、庭を見た時と同じように心が調い、研ぎ澄まされていく特別な時間が体験できるはずです。 これからお菓子を通した参拝者と西芳寺の心の対話が紡がれていく――、そんな気がしてなりません。

西芳寺特製干菓子「清らか」
季節によって販売しない場合もございます。


鍵善良房 15 代当主 今西善也
1972 年、京都生まれ。「菊寿糖」をはじめ、数々の伝統的な和菓子を作り続ける「鍵善良房」の15 代目。2021 年には美術館「ZENBI- 鍵善良房 -KAGIZEN ART MUSEUM」をオープンさせ、館長を兼務。

編集:岡田 有貴・寺田 未来
執筆:岡田 有貴
写真:岡森 大輔・寺田 未来
※許可を得て撮影しています。

pick up

archive