2025.8.15
西芳寺を継ぐ手しごと
「寺務員」vol. 2
寄り添いながら、学び続ける

“Moss Garden”としても世界的に知られる西芳寺。日々参拝者を出迎えるために寺院や庭園は多くの人や技術によって支えられています。西芳寺に携わる方々の仕事の中から、文化を支えるとはなにか、歴史をつなげるとはなにか、を探ります。
参拝の案内から境内の整備まで、西芳寺の顔として様々な業務を行っている寺務員の谷口さん。第一回の記事公開後、谷口さんの仕事に対する真摯な姿勢に多くの反響が寄せられました。第二回目となる今回は、参拝者の方とのエピソードや日々大切にしていることをお聞きしました。第一回目の記事はこちら >>
谷口 浩一
京都府京都市出身。1987年2月より西芳寺に勤める。以来38年以上、寺務員として働く。現在は最年長の寺務員として、チームをまとめている。
良い季節も過ごし方も、人それぞれ

ー参拝者の方とお話をしていて、よく聞かれることはありますか。
「お庭が綺麗なのはどの季節ですか」という質問は多いですね。
どの季節を綺麗と感じるかは人それぞれですので、まずは、その方が何を綺麗と感じるのかを尋ねるようにしています。
たとえば「青々とした苔がいい」と言われたら、季節というよりは天候に左右されますよ、とお答えします。
ー相手が求めているものを知ることが大切なのですね。
そうですね。参拝者の方からお話を聞いていると、西芳寺に来られる理由も皆さんいろいろです。写経をするためという人もいれば、歴史や自然が好きな人もいますし、小説に出てきたから来たんだ、という人もいます。
そうした、いろいろな想いを持ってお越しになる参拝者の方一人ひとりと向き合うために、季節のことや西芳寺の歴史、周辺の地理などを勉強するのはもちろんのこと、人としての幅や奥行きを身につけたいと思っています。

ーご自身の感じている魅力を伝えることはあまりないのでしょうか。
まずは相手に寄り添うことを大事にしています。でも一方で、「自分は西芳寺のこの部分が好きだから毎回来ている」という方には、「こんな魅力もあるんですよ」というのをぽろっと出してみてもいいのかなとも思っていて。実は機会をうかがっていたりします。
ー谷口さんのお気に入りの季節はいつですか。
どの季節というよりも、その時々に良さがありますよね。
春先に芽吹く青々とした若葉や、一日に1mも伸びる竹。おたまじゃくしがポンと池の中に落ちる瞬間。蝉がサナギから成虫になる様子。少し気温が上がってきた頃の、夕立ちのあとの土の匂い。あとは、冬のピンと張り詰めた空気。
自然の生命力をこんなにも強く感じられるのは、先人たちが守り継いできた歴史の積み重ねがあるからなのだろうと思っています。
夢窓国師が作庭した当時は白砂青松のお庭で、天下の名園と謳われたほどでした。それが荒廃して苔に覆われてしまったわけですが、それさえも受け入れている。そこには、見かけだけに囚われず、その奥にある本質を見つめようという、西芳寺がずっと大切にしてきた想いが息づいています。
だから今こうして私たちがお庭を歩いていても、表面的な美しさの奥にある、生命のきらめきを感じられるのだと思います。

ー境内でのおすすめの過ごし方があれば教えてください。
あまり「こう過ごしてほしい」というのはないですね。自分を見つめ直しに来た人、庭園から仏の教えを学ぼうと来た人、楽しい旅行で来る人、疲れを取りたくて来た人。皆さんいろいろな想いで来られていますから。
あえて提案するならば、何も考えずに、心を解き放って過ごしてもらえたらなと思います。そうすれば、いろいろなものを感じられるのではないでしょうか。
ただ、お庭の魅力は、こちらが勝手に決めつけるものではないと思っています。人それぞれの楽しみ方があるので、それを見つけてもらえたら嬉しいですね。
変わったこと、変わらないこと

ー西芳寺で40年近く働いてきて、変化を感じることはありますか。
お参りに来られる方でいうと、海外の人はずいぶん増えましたね。昔もいらっしゃらなかったわけではないのですが、最近はいろいろな国の人が来てくださるようになりました。
文化の違いがあると軋轢が生まれることも多いですが、西芳寺に来られる方は、敬意を払ってくれる方が多いなと感じています。
あとは、携帯電話が普及した時は衝撃的でした。どこからでも電話ができるようになったので、問い合わせの電話がすごく増えましたし、お庭の中でも電話しながら歩く人が出てきてしまって。そこは大きく変わりましたし、気を遣うようになりました。
ー変わっていく中でも、変わらないものはあるのでしょうか。
どうでしょう。お庭の姿は変わっていますよね。木は枯れることもありますし、台風で倒れることもあります。人間だって、白髪になったりシミができたりして、変わっていきます。
でも、そうですね。その時々を否定的に捉えない、という考え方は変わらないように思います。西芳寺はこれまでに何度も荒廃していますが、ありのままを受け入れて、自然の力や人の知恵の力で乗り越えてきました。禅では「現成受用」と言いますが、その姿勢は今も変わりません。

ーこれまでを振り返って、印象に残っている出会いはありますか。
もう30年ほど前になりますが、年に何度も来てくださるご夫婦がいました。
そのご夫婦は、お子さんを亡くしたあと、心を落ち着ける場所を求めてさまざまなお寺にお参りに行かれていたそうです。そんな中で西芳寺に来られて、写経をしてお庭を見たら一番心が落ち着いたからと、通ってくださるようになりました。
そのうち、「またここで挨拶できましたね」と言葉を交わすようになって、私と会えるのが嬉しいとまで言ってくれました。とても嬉しかった半面、当時まだ若かったこともあって、自分は果たしてその言葉に見合う人間なのかと、立ち止まり自身を見つめ直した思い出があります。
最近はお見かけしていないので、今でもふと、お元気にされているかなと思うことがあります。
仲間と共に探求する
ー新しい寺務員の方が増えてきているそうですね。後進育成で意識していることはありますか。
西芳寺で働く人たちは皆きちんとしているので、自分が上に立って指導するようなことは無いなと思っています。
ただ、箒の掃き方や障子の開け方など、正直なところ「これを知らないのか」と驚くことはあります。でも今の時代、箒を使ったことがある人の方が少ないですし、障子がある家も本当に減ってきているみたいですから、普段経験していないことを知らないのも当然です。
たとえば、同じ日本という国で同じ言葉を使って生きてきても、育ってきた時代背景は違います。ですから、自分の考えが当たり前だとは思わずに、きちんと話をしないといけないなと思っています。そうして話すことで、逆に彼らから学ぶことも多いです。

そうして対話を続けていると、若い人たちが自分とはまったく違う視点で物事を見ていることに気づかされて、びっくりすることもあります。彼らとの出会いは、自分の考えや行動が本当に正しいのか、改めて見つめ直すきっかけとなりました。
ー谷口さんにとっても、学びになることがあるのですね。
そうですね。あとは、共に学ぶ機会もつくるようにしています。
西芳寺には「探求」「対話」「泰然」「感謝」という4つの行動指針があります。これは寺務員に限らず、僧侶や庭園部も含めた全体で大切にしている考え方です。
そのうちの「探求」の一環として、先日、寺務員の皆で西山トレイルを歩いてきました。
ー西芳寺から嵐山まで抜ける、西山のトレッキングコースですね。
実際にどれくらいの時間で嵐山まで行けるのかを体感しながら、道中にある古墳群を見学したりしました。古墳群には石室がとても綺麗に残っていて驚きましたし、西芳寺川沿いの竹藪はとても神秘的でした。
自然に囲まれて、そこに人の智慧が加わっている。西芳寺はそんな特別な場所なんだと改めて感じた一日でしたね。
参拝者の方と話す時も、実際に見ているかどうかで話の幅や深さはまるで違ってきますし、伝えるときの熱量も変わってきますので、仲間と一緒に探求する時間が持てたことは、とても良い経験だったと思っています。

ー谷口さんが後進に伝えたいことは何でしょうか。
参拝対応にしても、作務にしても、「毎日やらないといけない作業」ではなく、「今、何のためにやっているのか」を考えてほしいですね。目的がわかっていれば視野も広がりますし、やり方をもっと工夫できることにも気づけます。
掃除ひとつとっても、何をどう綺麗にするかによって、箒の掃き方やぞうきんの水の絞り加減を調整しないといけません。そのためには目的を理解したうえで、対象をしっかりと観察し、どういう性質をもっているのかを調べ、適切な方法を考えることが必要です。
石でも木でも板でも、どんなものにも“血が通っている”ぐらいの気持ちで接することが大切だと思います。そうして心を寄せていれば、向き合い方は自然と変わってくるものです。
編集:宮内 俊樹
執筆:細谷 夏菜
写真:望月 小夜加
※許可を得て撮影しています。