2024.5.10
五季風光
その二「緑苔」
中田昭(写真家)
西芳寺における季節の区切りは、四季ともう一つ、苔が潤いを増す梅雨どきを加えて「五季」と称する。そんな五季の魅力を、写真家の中田昭氏がお届け。百回以上訪れた中で捉えた西芳寺ならではの瞬間をお楽しみください。
西芳寺庭園を初めて撮影する機会にめぐまれたのは、15年ほど前。その時の様子は今でもハッキリ思い出すことができる。6月の梅雨のまっただ中で、午前中の2時間ほどであった。
当日の明け方、激しい雨音で目が覚めた。沈みがちな空の下、西山方面へ車を走らせる。西芳寺の衆妙門前に到着した頃には雨は小降りに、異世界へ向かうような気分で池泉庭へ足を踏み入れた。その時眼前に現れた苔庭は、指で触れるだけでも水が滲みでてきそうで、その瑞々しい苔の色合いを今でも鮮明に記憶している。
近年、写真集『西芳寺新十境』出版のため、五季(春・梅雨・夏・秋・冬)を通じて幾度となく庭に通いながら、苔という生命の不思議さを実感させられる機会が多かった。苔は、人類の祖先である類人猿が誕生した約700万年前よりはるか以前の約4億7千万年前に、はじめて陸上で生活できるようになった植物といわれ、水分を根ではなく体全体から吸収し、光合成によって生きながらえているという。
室町時代に夢窓国師によって作庭された西芳寺庭園が、その後の天変地異や戦乱の荒廃を経て苔に覆われ始めたのは約300年あまり前(江戸時代)からのこと。それ以来、自然に抗うことなく竹箒で苔の上をひたすら掃いて枯れ葉を除くなど生育の手助けをした結果、120種類あまりの苔が庭全体を包み込み、侘び寂びを感じる美しい景色が保たれている。
参考資料:大石善隆『苔の声』(西芳会)
中田 昭(なかた あきら)
1951年(昭和26年)、京都市生まれ。
日本大学芸術学部写真学科卒業。「京文化」をテーマに、風景・庭園・祭りなどの撮影を続ける。(公社)日本写真家協会 会員。
主な著書:『西芳寺新十境』(西芳会)、『源氏物語を行く』『京都の祭り暦』(小学館)、『京都御所 大宮・仙洞御所』『桂離宮 修学院離宮』『京都祇園祭』『・京・瞬・歓・』(京都新聞出版センター)、『日本の庭園・京都』(PIE INTERNATIONAL)など。
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