2026.1.26
なぜ西芳寺は、メディアをひらいたのか
into Saihoji編集部 宮内俊樹×細谷夏菜
2023年6月に立ち上がった「into Saihoji」。ただ情報を届け、参拝申込を受け付けるだけのメディアではなく、訪れた人が自分と向き合うきっかけとなる場を目指して運営しています。そこには、西芳寺の思想を丁寧に言葉に紡ぎ、読者とのあいだに新しい関係を生み出したいという願いがあります。
本企画では、「into Saihoji」を立ち上げ初期から支えてきたジャーナル編集統括・宮内俊樹さんと、日々現場で企画・取材・執筆に携わる編集部・細谷夏菜さんにお話を伺いました。開山1300年を前に、西芳寺は何を目指し、どんな未来を描こうとしているのか。お二人の対話を通して、その歩みを一緒にたどっていきます。
ジャーナル編集統括 宮内俊樹(みやうち としき)
「into Saihoji」ジャーナル編集統括。クロスボーダーLLC代表/フィラメント・シニアコンサルタント。編集者として15年従事したのち、2006年ヤフーに入社。大阪開発室本部長として、天気、路線、防災のサービスを統括し、Yahoo!天気アプリを急成長させる。2020年ディップ株式会社にて執行役員、バイトル・はたらこねっと等の編集長を歴任。現在、トラストバンクのほか、複業としてフィラメント、スバイスファクトリー、音楽ライターなど、マルチに活動。
into Saihoji編集部 細谷夏菜(ほそたに かな)
「into Saihoji」ジャーナル編集・執筆担当。書くことを仕事にしたいという思いから、2023年に西芳寺の後援団体・西芳会に入社。未経験ながらジャーナルの運営に携わり、研鑽を積む。2025年に独立。京都を拠点に、文化やものづくりを軸に編集・ライティングを行っている。
答えは、読者の心の中にある
宮内:西芳寺のことは、「苔寺」という名前で思い浮かべる方が多いと思います。でも、一体どんなお寺なのか、何を大切にしているのかという「思い」の部分まで知っている方は、少ないのではないでしょうか。西芳寺が最初にWEBサイトを立ち上げたのは2017年でしたが、それまでは積極的に情報発信をされていなかったそうです。
細谷:雑誌にもほとんど露出していませんでしたし、ある意味「未知の存在」だったと思います。西芳寺は1977年から少数参拝制で、しかも数年前まで往復ハガキでしか申し込めなかったので、どうしても敷居の高さを感じますよね。だからこそ、もっと知ってもらうための取り組みをしていきたい。そこで長く編集者として活躍されていた宮内さんに声がかかった、というわけですね。
宮内:そうです。2022年の春だったかな。西芳寺の後援団体・西芳会の知り合いに、縁をつないでいただきまして。最初に「お寺でメディアを始めたい」と聞いたときは驚きました。「お寺が? メディア?」一体どういうことだろうと。でも話を聞いていくうちに、だんだん腑に落ちていったんです。

細谷:詳しく教えていただけますか?
宮内:檀家を持たない西芳寺にとって、参拝冥加料だけでお寺を維持していくのは大変なことです。そこで西芳会は、西芳寺を応援したいと思ってくれる人たちとお寺とをつなぐための会員制度「Saihokai」を立ち上げることにしました。「Saihokai」は西芳寺を次代へつなぐための支援の輪であると同時に、人とお寺との新しい関係をつくっていくことを目指しています。その媒介こそが、「into Saihoji」の役割になるんだなと。そう考えると、自分の経験も役に立てるのではないかと思いました。
細谷:なるほど。たとえ遠く離れていても、いつでもお寺に想いを馳せることができる。読者の方と長くつながり続けるためのものだから、自分たちでメディアを運営する必要があったんですよね。

細谷:私は「into Saihoji」がオープンした2023年6月から編集部に加わったので、実はコンセプトができるまでの過程を詳しく知らないんです。当時はどんな議論があったのでしょうか?
宮内:編集チームでああでもない、こうでもないと、とにかく言葉を出し合いました。京都の方は、五感や身体性でものを感じる力がすごく高いと思うんです。でも、西芳寺に来られる全員がそうとは限りません。見えないものを見る経験を、どう言語化するかを考え続け、「無駄をそぎ落とす」「美しく生きる」という言葉に集約されていきましたね。
細谷:こうして「『無駄なものをそぎ落とし美しく生きていく』ための寺メディア 〜五感を研ぎ澄まし、見えないものを見る、気づけていないことに気づくための仏法マガジン〜」というコンセプトが決まったんですね。この言葉があるので、ぶれずに運営ができていると思います。

細谷:企画を考えるときも、「ただ紹介して終わり」という記事にはしないという軸が、自然と生まれました。季節の情報を発信していた時期もありますが、「into Saihoji」では時間を越えて読めること、読み返したときに新しい気づきがあることを大切にしたいと再確認して、旬の情報はメルマガでの掲載に切り替えました。また、西芳寺には海外からも多くの方が参拝に来られますし、Saihokai会員にもなってくださっているので、想いがちゃんと届くように、英訳にも力を入れています。
宮内:今の世の中は「コスパ・タイパ」が重視され、コンテンツの良し悪しも最初の数秒で判断されがちです。スマホを覗けば、とにかく膨大な情報があふれている。でも僕らが目指しているのは、急いで結論を提示する記事でもなければ、西芳寺をPRするためのメディアでもない。仏教は、関係性によって認識が変わるという哲学だし、本質は空であるという言い方もします。メディアも同じで、答えは読む人の心の中に生まれるもの。読む人が、自分で気づけるものをつくりたいと考えています。
細谷:ありがたいことに、サイトをオープンしてから順調に閲覧数も伸びています。読者の方から「日々忘れがちなことに改めて気づいた」といった感想をいただくことも多く、忙しい日常のなかで立ち止まるきっかけとして、「into Saihoji」を読んでいただいているのかなと嬉しく思っています。
つながりの中で、気づき、ひろがる
細谷:2023年から運営を始めて、これまで80本ほどの記事をつくってきましたが、宮内さんは好きな企画はありますか?
宮内:僕は「西芳寺のひと音」が好きですね。五感を研ぎ澄ますという言葉をコンセプトにもしていますが、実際に「音だけで西芳寺を感じる」なんて、なかなか面白いものができたなと。長く編集の仕事をしていますが、「into Saihoji」では自分でも新鮮と思えるアイデアが次々と生まれていて刺激を受けています。細谷さんはいかがですか?
細谷:思い入れのある企画は多いのですが、「西芳寺を継ぐ手しごと」シリーズは特に印象深いです。普段からお寺に関わってくださる方の言葉って、じんわりと染みてくるんですよね。庭園部の宮崎さん、寺務員の谷口さんへの2回目の取材は、私が担当したのですが、日々接している中で感じていた素敵さを、そのまま記事にできたのが嬉しかったです。

宮内:僕は、細谷さん自身の変化もとても面白いなと思っています。記事づくりは未経験のところから始めて、わずか1、2年でこれだけ吸収してきた。僕の経験上、1年で独り立ちできる人って、ほとんど見たことがないんです。特に仏教の記事となると、抽象的なことも多いので、言葉として捉えるのがすごく難しい。
優れた書き手は沢山いますが、西芳寺に身を置いて、境内の掃除をしたり、お庭をまわったりした時間は、細谷さんが誰よりも多い。その積み重ねが、言葉を丁寧に拾い、きちんと伝えるという、今の文章につながっているんじゃないかなと思います。
細谷:ありがとうございます。未経験でも挑戦させてくれて、独立したいと伝えたときも柔軟な関わり方を認めて応援してくれたことには本当に感謝しています。それに「美しく生きるってどういうことだろう?」「自分と向き合うとは?」と、自分自身の生き方についても日々考えるようになりました。誰かが答えを教えてくれるわけではないけれど、話を伺いながら自分で考えて、少しずつ学んでこられた気がします。

宮内:僕も「into Saihoji」に関わってから変化があります。特に、世の中って本当にご縁でできているんだなと、強く感じるようになりました。人にはいろいろな価値の尺度がありますよね。社会的地位とか、お金とか。でも自分にとって何が豊かさなのかを考えたとき、それはやっぱりご縁なんだろうなと。僕にこのお仕事が来たのも、偶然かもしれない。でも、そのご縁を大事にして、ちゃんと良いものをつくり、読者の皆さんに届けられていることは、本当に貴重な経験です。
細谷:私も、もし宮内さんと出会っていなかったら、今の自分はいないと思います。それくらい西芳寺は、人のつながりに支えられている場所で。その流れに身を置いていると、気づかないうちに自分の視野も広がっていくんですよね。記事に登場してくださる方々も、職種も考え方も本当にさまざまなのに、不思議と重なる部分がある。読み返すたびに気づきがあり、面白いなと感じます。
時を超えて、立ち返る場所へ
細谷:西芳寺は2031年に開山1300年を迎えます。その節目に向けて、「into Saihoji」でもさまざまな取り組みをしていきたいと考えています。ひとつは、リアルとの連携。記事を読むことで実際に参拝した時の体験がより深まったり、参拝の日のことを思い起こせたりする、そんな循環をもっと育てていけるといいなと思います。
宮内:そうですね。僕もこれからの仏教やお寺のあり方を考えて、将来に向けてより伝わるかたちを模索していきたいです。西芳寺の山渓は古墳が多いので、もともと人を弔う生と死の境界にあたる場所と表現することができると思います。だからこそ、ここにお寺がある意味があるわけですよね。まだお寺の中には使われていない場所もありますし、参拝ルートの再考や、周囲の自然をより感じてもらうための企画も検討しています。そうした試みも、少しずつお伝えしていきたいですね。

細谷:最近、西芳寺の中で「生き生きしている」という言葉をよく使うんです。文化財として西芳寺を守るだけではなく、もっと能動的に動き、ワクワクするような企画も生まれてきている。本質的で現代に求められるお寺であるために、どうあるべきかをぶらさず、いろいろなアイデアを出し合いながら進めているので、その空気が伝わると嬉しいなと思っています。
宮内:夢窓国師が庭を再興したとき、「西芳寺を見たか」という言葉が文献に残っているらしいんです。西芳寺は京都の中心から少し離れた自然の中にあるので、たくさんの方がここを訪れ、禅の庭や建築の参考にしていたと聞きます。今、僕たちがひっそり取り組んでいることも、もしかすると現代における「西芳寺を見たか」という試みなのかもしれませんね。

細谷:新しい取り組みを始めるときには、「西芳寺がやる意味ってなんだろう」と考えるのですが、一時期、西芳寺らしさについて悩んでいたことがあって。でも仏教では、自分らしさというのは無いと考えるんですよね。この間、僧侶の方が「周りが教えてくれますよ」とおっしゃってくださったんです。その言葉が、私はすごく腑に落ちました。
「into Saihoji」は、まさにその「周りが教えてくれる場所」なんですよね。いろいろな人が、それぞれの視点で西芳寺のことを語ってくれる。その積み重ねを読んでいくことで、一言で表せないけれど「西芳寺ってこういうお寺なんだ」と浮かび上がってくる。記事を通じてそれを感じ取っていただけたら嬉しいです。
西芳寺は、折に触れて訪れることで心を調えられる、皆さんにとっての「行きつけのお寺」のような存在になることを目指しています。「into Saihoji」でも、読み返すことで立ち返ることができる記事を、これからも届けていきたいと思っています。
宮内:今は、人生に不安を抱えていたり、満ち足りなさを感じたりする人が多い時代だと思います。そういう時に、仏教はとても役に立つはずです。西芳寺で感性を研ぎ澄ます経験をして、自分が何を得られるのかを確かめてほしい。その経験の補助線として、メディアを読んでもらえたらと思います。仏教は不安をなくすことはできませんが、どう対処するかを考え抜いてきた哲学ですから。会員制度「Saihokai」も「into Saihoji」も、きっとこれからの時代に寄り添う存在になると思います。
編集:into Saihoji編集部
聞き手・執筆:小黒 恵太朗
写真:望月 小夜加
※許可を得て撮影しています。
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Saihokaiは、西芳寺のサポーターとなることで、西芳寺とのつながりを実感していただける、新しいかたちの会員制度です。ご入会された皆様には、西芳寺と禅の教えをより深く知るための、会員向けの参拝枠やWebコンテンツ(特集記事等)をご案内いたします。
2025年度
会期:2025年4月1日~2026年3月31日(1年間)
会費:15,000円
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「into Saihoji」「Saihokai」を運営する一般社団法人西芳会は、西芳寺の活動を支援するため、2019年に設立された後援団体です。参拝受付や会員制度の運営、情報発信を通じてお寺の価値を広く伝えるとともに、西山エリアの振興や日本の文化伝統の発展に貢献できるよう、幅広く取り組んでいます。