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2023.6.1

生活の禅語 「日々是好日」

目の前で起きる事象は変えられません。
変えられるのは、その事象に対しての自身の心の持ちようです。

禅語「日々是好日にちにちこれこうじつ」は、良いか悪いかという個人の主観的な判断を捨て、一日一日を精一杯生き、たとえどんな辛いことがあったとしても、自ら「好ましい日」にしていくことの大切さを説いた禅語です。

この言葉の元になったのは、禅の書物『碧巌録へきがんろく』 にある、次のようなやり取りです。

雲門 *垂語して云く、十五日已然は汝に問わず、十五日已後、一句を道い将ち来たれ。自ら代って云く、日日是れ好日。
*雲門禅師:約1000年前(唐末から五代)に中国で活躍したお坊さん

15日かどうかという点に大きな意味はないので、意訳しますと、あるとき雲門禅師が「これまでのことは訊かない。これから先のことを一句言ってみよ」と修行僧に問いました。しかし、誰も答える者がいなかったので、「日々是好日」と雲門禅師自ら答えたのです。

ある日、当院にお参りされた方が、「雨の日にこんなにテンションが上がったのは初めてです」と仰いました。雨の日は移動するにも不便が多く、また行事やイベントも中止になってしまうので、一般的には疎まれがちです。しかしその方は西芳寺にお参りされ、イキイキしている苔や樹々をご覧になり「雨でラッキーだ」と思われたようです。
このように、目の前に起きる事象の受け取り方は心の持ちよう一つで如何様にも変わります。いわば毎日が「好き日」であるという捉え方の一つでしょう。

ですが、雲門禅師から1,000年以上にわたり言い伝えられる禅語「日々是好日」には、実はより奥深い意味が込められています。それを紐解くため、西芳寺が辿ってきた歴史を振り返ってみましょう。

西芳寺は、1339年に現在のお庭の原型となる白砂青松のお庭が出来た後、応仁の乱、戦国時代の到来、幾度とない西芳寺川の氾濫、明治初期の廃仏毀釈運動と、非常に厳しい時代が数百年の内に断続的に続きました。

ただ結果として、人の手があまり入らなくなった土地に肥沃な土砂が流入し、何にも邪魔されずに苔が育つことにつながります。皮肉にも、苔の繁茂にはこのような荒廃の歴史が必要であった訳です。そしてそれぞれの時代ごとに、この地を寺域として守り抜くために尽力されてきた、有名・無名の数多の先人たちがおられたのです。

かつて江戸時代の民衆に愛された良寛和尚という方は、「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候、死ぬ時節には死ぬがよく候」という言葉を残されました。つまり、「災難や死を恐れるのではなく、あるがままに受け入れよ」と説かれたのです。

私はこの言葉と「日々是好日」に近しいものを感じます。

どんな災難が起こっても、素直に受け入れられる心。たとえ師匠が目の前で不慮の事故で亡くなっても、静かに手を合わせられる心。並大抵の覚悟ではこの境地に至ることはできません。しかしこの心を自覚してこそ、この覚悟を伴ってこそ、「日々是好日」と言えるのではないでしょうか。

西芳寺の歴史を紡いできた先人達の胸中は、今となってはわかりません。ですが、この地を受け継ぐにあたっては計り知れない覚悟を伴ったはずです。度重なる災害に見舞われても、それはそれとして、また次へと進んでいく。その力強い覚悟が西芳寺を今に受け継いできたのです。

当然ながら、私たちが日常生活を送る中で、そこまでの気持ちを持ち続けるのは非常に難しいことです。

ですから、「日々是好日」の本意を諒解いただいた上で、先ずは日々起きる良いことも悪いことも、如何にして好ましく捉えることができるかが大切なのです。

合掌
洪隠山西芳寺 藤田隆浩

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