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2026.5.6

西芳寺を継ぐ手しごと
「獣害対策」

山を守り、庭を守る

西芳寺を継ぐ手しごと

“Moss Garden”としても世界的に知られる西芳寺。日々参拝者を出迎えるために寺院や庭園は多くの人や技術によって支えられています。西芳寺に携わる方々の仕事の中から、文化を支えるとはなにか、歴史をつなげるとはなにか、を探ります。

西芳寺では近年、シカやイノシシによる被害が深刻になっています。そこで、長年にわたり獣害対策に取り組んでこられた元・京都大学農学研究科准教授の高柳敦先生にご協力いただき、防護柵を新たに設置しました。今回は高柳先生に、防護柵の意義や西芳寺での作業を通して気づいたことについて、お話を伺いました。

高柳 敦
神奈川県出身。元・京都大学農学研究科准教授。専門は野生動物保全学。食害防除ボランティア「かもしかの会関西」代表。1980年代から大型野生動物による被害問題と保護管理のあり方について研究し、野生動物の個体数調査や保護柵の開発を通じて、適切な防除の普及に努めている。

防護柵の試行錯誤を重ねて、40年

西芳寺での設置作業の様子

ー先生が防護柵の設置に携わるようになった経緯を教えてください。

きっかけは、私が大学生の頃、全国でニホンカモシカによる被害が深刻化していたことです。ニホンカモシカは特別天然記念物ですので、被害が出ていても捕獲してはいけません。当時は柵を設置するという考えもなかったので、1960年代に問題が起き始めてから、10年以上対処できずにいたんです。

私はもともと動物が好きで、動物に関わる研究をしたいと思っていたので、大学院では林業におけるカモシカの食害問題を研究テーマに選び、解決に向けて取り組むことに決めました。

ー研究を始めた当初はまだ防護柵がなかったのですね。

はじめは対策として苗木にネットをかけていましたが、一本一本にネットを被せて、成長期には外してを繰り返す必要があり、非常に手間のかかる作業でした。

1982年に国が防護柵の設置事業を始めたので、私も関わるようになりましたが、当時は「山に柵を設置するなんて、誰がするんだ」という感じでしたね。

当初はノウハウもなく、柵の構造や設置方法を調べながら改良を重ねていきました。そうして取り組みを続けて、かれこれ40年になります。

ー西芳寺にはどのようなきっかけで関わることになったのですか。

最初に相談があったのは、2021年です。その時点では庭園に被害はなく、シカの痕跡もまったくなかったので、すぐに対策が必要な状況ではないと考えていました。

ところが2024年になると、桜や低木、生垣にまで食害が及ぶようになりました。これはまずい状況だということで、まず着手したのが、当時設置されていた山の裾野近くにある柵の強化です。これで被害はある程度抑えられましたが、完全には防げなかったので、新たに防護柵を設置することになりました。

西芳寺の現場で直面した、一番の誤算

ー柵を設置するまでには、どのような作業があるのでしょうか。

まずは山を測量して、設置場所を決めます。山の斜面に設置すると倒木などで壊れやすいので、尾根に沿って設置していくことにしました。全長がおよそ1kmですね。これまで手がけてきた中でも、かなりの長さです。

設置するラインが決まったら、必要な資材の量を算出して調達します。さらに設置場所の木を伐採して、資材を山の上まで運び上げていきます。

ー山頂まで資材を運ぶのは大変そうです。

ものすごく大変です。人力だけでは到底運べませんので、重い資材を吊り上げるウインチという機械を使いましたが、そうした機械があっても、資材を引き上げていくのは一苦労でした。

それから、柵を設置する前に土台となる基礎を打っていきます。ここで一番の誤算がありました。

ー誤算とは?

地面が想像以上に硬かったんです。普通、山の地面というのは柔らかいものですし、地形的にも大丈夫だろうと考えていたのですが、非常に硬かった。

調べてみると、この一帯はチャートという、一番硬いと言われている堆積岩でできていることがわかりました。チャートでできた山だったとしても、通常はその上に50~60cmほど土壌があるはずなんです。それが西芳寺の山にはほとんどなかった。つまり、それだけ山が痩せているということです。

柵が倒れないようにするには、基礎をしっかりと打ち込む必要があります。しかしチャートはドリルでも穴を開けられないほどの硬さです。そのため、岩の割れ目を探して何度もやり直しながら基礎を打っていきました。本当に骨の折れる作業でしたね。

大切なのは、シカの気持ちになること

ー2026年2月23日には、ボランティアの方々にもご参加いただいて一気に設置作業を進めました。当日の様子はいかがでしたか。

この日は18名のボランティアの方々と一緒に作業を行いました。これまで何度も手伝ってくださっている方や、私が定期的に講師をしている実習会の参加者もたくさん来てくださったので、とてもスムーズに作業が進みました。

西芳寺の庭園部の方にも手伝っていただきましたが、皆さん山での動き方をよくご存知なので、的確に作業を進めてくださいました。長い距離を一気に設置できたのは、皆さんのおかげです。

ー柵を設置するうえで大切にしていることを教えてください。

シカの気持ちになることですね。自分が柵を突破しようとするなら何をするか。それを考えることが大切です。

シカは、地際の隙間を見つけて下から潜り込んだり、柵の高さが低いと乗り越えたり、時には上から跳び込んだりします。そのうち、8割は下からです。だから地際に隙間を作らないことが特に重要になります。

ー柵の効果はどれくらいあるのでしょうか。

倒木などがなければ、まず破られることはありません。作業中にもシカが3頭ほど来ましたが、柵の手前で引き返していったので、すでに効果は出ています。

西芳寺は長い年月にわたって守っていく必要がありますし、境内も広いですから、維持管理の負担をできるだけ軽減するためにも金属の柵を選んでいます。年に数回確認をしてもらえれば、大きな倒木などの問題が起こらない限り、10年は大丈夫でしょう。

斜めの金網は、下からの侵入を防ぐために高柳先生が考案した構造を反映したもの

ー防護柵の意義について、先生の考えをお聞かせください。

近年、シカは増えていますが、ハンターは減少しており、十分に捕獲することが困難になってきています。山際にあるお寺は柵を設置しなければ守れない状況にあります。京都市内の山際には守るべき場所がたくさんありますが、柵の設置は進んでいないのが現状です。

その大きな理由の一つが、補助金制度がないことです。柵の設置には多額の費用がかかる一方、お寺は農林業用地でない私有地なので、支援の対象とするのが難しいのです。加えて、設置に必要なコストや労力が行政側で十分に把握されていないことも、制度化が進まない要因となっています。

また、本当に効果のある柵を設計・設置できる技術者がいないという課題もあります。

ー後進はいらっしゃらないのですか。

全くいませんね。よく弟子を作れと言われますが、私は弟子ではなくて同志が欲しいんです。

私が柵を設置しているのは、お金儲けのためではありません。野生動物と共存しながら、困っている人たちを助けたいという想いがあるからです。ただ、それだけでは食べていけませんから、この仕事がしたいと手を挙げる人はいないんですね。

逆に、技術を知りたいという人には、惜しみなく全ての情報を公開しています。私が開発した柵の規格も特許は取っていません。シートベルトと同じで、特許を取らないことで普及すると考えたからです。だから志さえあれば、誰でもできるようになると思っています。

1300年で初めて、豊かな森になるかもしれな

ー西芳寺の印象について教えてください。

作業中に山から見えるお庭がよかったですね。上から眺めると、森林の中に苔があって、そこに日が差してくる光景はとても綺麗でした。これは私にしか見えない景色だと、ちょっと得をした気分になりました。

下段のお庭は先日初めて回らせていただきましたが、このお庭を守ることができたと思うと、とても満ち足りた気持ちになりました。

ー西芳寺の山について感じたことはありますか。

やはりシカの影響もあって、暗くて痩せた山だなと感じました。山に入って驚いたのが、1300年の歴史を持つ場所でありながら、樹齢が何百年もあるような木が一本もないことです。長くても150年ほどの木しかありません。

これは度重なる荒廃や、薪炭林として伐採されたことによって山が荒れてしまったからだと思います。このあたりには古墳群があると聞いていますので、この場を守るためにも、もっと山の環境が良くなるといいですね。

ー柵を設置してシカが来なくなると、山の環境も変わってきますか。

そうですね。シカの食害がなくなれば、植物が育ちます。植物が増えると、落ち葉が堆肥になって、土壌も豊かになっていきます。そうした循環が生まれることで、時間はかかるかもしれませんが、植生も回復していくはずです。西芳寺の裏山の森が豊かになるというのは、もしかしたら1300年で初めてのことかもしれません。

実はこのことについて、どうしてもお伝えしたいことがあります。柵の設置を終えてから、気づいたことがあるんです。

ーどのような気づきがあったのですか。

今回設置した柵が、西芳寺の集水域を全て囲っているということです。集水域は流域とも言いますが、降った雨が流れていくエリアのことです。

山に降った雨は、尾根を境に下へと流れていきますよね。今回はその尾根沿いに柵を設置しましたから、西芳寺のお庭へと流れ込む水の源になる部分を全て囲ったことになります。

集水域に植物が増えると、雨水に含まれている養分を植物が吸収していきますので、お庭に流れ込む水が貧栄養になる可能性があります。つまり、水量や水質に影響が出てくるかもしれないということです。

ー植生が戻ることが必ずしも良いことばかりではないかもしれない、ということですね。

その通りです。ただ、西芳寺では最近、池に藻が増えたり水苔が枯れたりといった変化が見られていて、水中の養分が増えているのが原因かもしれないという話があるそうです。もしそうだとすれば、水が貧栄養になることは、むしろ良い方向に働く可能性があります。

そう考えると、今回の柵の設置は単にシカの食害を防ぐだけでなく、とても大きな意味を持つ仕事になったと思います。

ー最後に、西芳寺を次代へつないでいくために大切なことは何でしょうか。

西芳寺は長い歴史の中で荒廃と再興を繰り返し、やっと今、安定してきています。だからこれからは、次の1000年に向けて、人間がこの山をどう守っていくかを計画的に考えていかないといけません。

参拝では山に入ることができないので想像しづらいかもしれませんが、たとえば、この池の水はどこから来ているのだろうと考えてみてください。文化財としてだけでなく、山も含めた生態系としてこのお庭を見ていただくと、また違った見え方に出会えるのではないかと思います。

ぜひ、お庭だけでなく、山にももっと関心を持っていただけたら嬉しいです。

編集:宮内 俊樹
執筆:細谷 夏菜
写真:望月 小夜加
※許可を得て撮影しています。

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