2025.2.5
西芳寺を継ぐ手しごと
「庭園部」vol. 2
庭園と対話を重ね、想いを寄せる
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“Moss Garden”としても世界的に知られる西芳寺。日々参拝者を出迎えるために寺院や庭園は多くの人や技術によって支えられています。西芳寺に携わる方々の仕事の中から、文化を支えるとはなにか、歴史をつなげるとはなにか、を探ります。
半世紀以上にわたり専属の庭師が守り続ける西芳寺の庭園。前回のインタビューでは、庭園部の宮崎さんに日々の仕事から学んだことや気付きをお話しいただきました。今回は猛暑や冬のお話を中心に、庭園部の仕事をより詳しくお聞きしていきます。
宮崎 浩司
兵庫県神戸市出身。造園会社に入社し、公園や街路樹の整備などを経験する。その後、2015年より西芳寺の庭園部に所属。苔の箒き仕事を中心に、植木の手入れや竹垣づくりなど、庭園の整備にまつわる全般の作業と、庭園部の取り纏めを行う。
環境の変化に気付き、試行錯誤を重ねる
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ー2024年は記録的な猛暑となりましたが、庭園に影響はありましたか。
苔へのダメージを心配していましたが、それほど大きな影響はなかったように感じます。今年(2024年)は11月に入っても暖かい日が続いています。例年であればこの時期はもっと寒く、苔の活動も弱まっていくので、苔にとっては活動できる時期が長くなっているともいえます。夏を越えてから雨も降るようになったので、水分も補給されて良い状態になってきているのではないでしょうか。
ただ、今年は熱帯夜が多かったですよね。夏の暑さというと多くの方は最高気温の高さを思い浮かべるかもしれませんが、実は最低気温の方が大事なんです。私たち人間にとって夜に寝やすい環境を整えることが大切なように、苔にとっても夜の涼しさは必要です。そのため、最近では熱帯夜対策として園路に打ち水をして、夜間の気温を下げる取り組みも始めました。
ー環境の変化が苔に与える影響は大きいのでしょうか。
少しの環境の変化で、庭園のバランスは大きく変わってきます。例えば、関西空港の浸水でも大変だった2018年の台風18号では、境内の200本以上の木が倒れてしまったのですが、木がなくなったことで苔地への日の当たりが多くなり、地面が焼けたように赤っぽくなってしまいました。すると、その木の周辺に生えていた苔は色が変わり、弱ってしまったんです。
一方で、今までになかった種類の苔がポコポコ出てきました。環境に適応した苔が新しく芽生えてきているんです。このあたりの様子は、10年後には大きく変わるかもしれませんね。毎日庭園を整備する中で、こういう変化を見つけるのは楽しみでもあります。
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ー新たな苔を見つけたときには、何か手助けをしているのでしょうか。
苔を移植したり水をあげたりといった特別なことは何もしませんが、箒の掃き方には気を付けます。固い箒でガリガリ掃いてしまうと、せっかく生えてきた苔が死んでしまいますから。
どんなに優しく掃いても苔は削れてしまいますので、成長途中の苔地では掃きすぎないようにして、落ち葉も多少残しています。また、箒で小さく削れた苔も、土に戻してあげればタネとなって発芽する可能性があるので、掃きとった落葉の中に苔が混ざっていたら地面に戻すようにしています。苔がまだあまり生えていないところに撒いて、そこからまた増えてくれたらいいなと想いながら、丁寧に作業していきます。
新しい苔が生え出したら、今まで通りの掃除の仕方は絶対にダメです。過去から決まっているから同じようにやるのではなく、庭を毎日見ている者として、 庭と対話しながら、日々試行錯誤しています。
モノではなく、生きもの
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ー毎日行う掃き掃除を冬の間はお休みするとお聞きしましたが、なぜお休みする必要があるのでしょうか。
苔にとって一番のストレスは、踏まれることです。しかし掃き掃除をするにはどうしても苔地に入らなければいけません。そのため、踏まない時期をつくって休ませるようにしています。また、寒い時期には霜が降ります。凍っているところを踏んでしまうと苔の細胞が潰れてしまうので、極力苔地には入らないようにしています。
冬だから掃き掃除をしてはいけない、ということではないんです。苔だって生き物なのだから、ずっと踏んでいたら可哀そうだよね、凍っている時に踏んだら痛いよね、という想いから、冬はお休み期間にしています。
実を言うと、西芳寺で働き始めたばかりの頃、こうした苔に寄り添った考えを持っていませんでした。「冬は掃き掃除をしない」と言われれば、その通りにするだけ。特に理由を聞こうとはしませんでした。当時は、苔をモノとしてしか見ていなかったんです。今は違います。
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ーどうして見方が変わったのですか。
庭に対しての見方を勉強してほしいと、藤田執事長から言われたのがきっかけです。毎日見て回っている庭とどう向き合えばいいのか、自分なりに文章化してみました。そうして気付いたのが、苔はモノではなく生き物であるということでした。
生き物として苔と接するようになってからは、ただ掃除して綺麗になればいい、という考えから変わっていきました。これが、西芳寺が庭師をずっと専属で抱えている理由でもあると、今ではわかります。
ー生き物として接するようになって、思わず苔に声をかけたくなるような瞬間はありますか。
鳥に苔地を荒らされて痛々しい姿を見たときでしょうか。冬になると、鳥たちが餌となる虫を探して土をほじくり返すので、苔地一帯が荒らされてしまうんです。
バラバラになってしまった苔の姿を見ると可哀そうに思いますし、急いで直してあげないといけないという気持ちになります。放っておくと冬の乾いた空気で乾燥して、風に飛ばされてしまうかもしれません。
高浜虚子の句に「禅寺の苔をついばむ小鳥かな」という西芳寺での一句があります。穏やかな情景を詠んでいるのだと思うのですが、庭師としては苔への心配が勝ってしまいますね。
ー掃き掃除がお休みの間はどのような作業をされているのですか。
庭の周辺の手入れを中心に行っています。昨年は建仁寺垣を作り替えました。西芳寺では、材料となる竹を切り出すところから自分たちで行います。時間はかかりますが、境内の竹を使うことで資源を循環させることを大切にしています。
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ー竹垣をつくる上で工夫したことを教えてください。
建仁寺垣を作る時は、垂直に並ぶ立子や水平に取り付ける押縁などの並びが揃うように施工していきます。ですが、竹も人と同じで個性があって、 大きさも節目の様子も全然違います。
材料作りの時に真っすぐになるように割っていきますが、どうしても曲がってしまう竹もあるので、一つずつ並べながら、合うものと合わないものを次々に判断していく必要があります。今では苦になりませんが、初めはかなり時間がかかりましたね。せっかく作っても、離れて見てみたら斜めになっていて作り直し、ということも何度もありました。
人工の竹であれば全部同じ形なので簡単に作れるかもしれませんが、自然のものだからこその良さは絶対にあると思うので、西芳寺では今でも境内で育った竹を使って作り続けています。ですから、同じ竹垣は二度と作れませんね。
ー宮崎さんは、冬の庭園の魅力をどのように感じていますか。
寒さの厳しい冬の庭は、凛として張り詰めた空気が満ちています。特に早朝は、黄金池が凍り、池の鯉もじっとしています。苔も木も、池の中に住む生き物たちも、あらゆる生命が活動を休止して眠りについているようです。
苔は常緑ですが、休眠状態になるので、身を縮めてじっと耐えています。そうした中、柔らかい日差しがパッと苔地に差し込んだ時の景色が好きですね。夏場でも日は差し込みますが、冬の優しい光とはやっぱり違います。
あとは、雪の日。大雪よりも、夜のうちにさらっと吹いてきた雪のほうが好きです。苔がうっすらと見えるような雪化粧は、朝のうちにしか見られない特別な景色です。数時間もすれば、雪は消えてなくなってしまいますから。
自分で見て、考えて、想いを乗せる
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ー庭園部に新しい方が入ったそうですね。
はい。鋸屋さんは、体験期間も含めて2025年1月で1年になります。私には指導者としての経験がなかったので、教え方を模索する日々です。
この子を一人前にするためにはどうしたらいい? ということを日々考えています。ただ闇雲に経験値を積ませるだけというのも違うと思いますし、マニュアル通りに全部こなせば100点というわけでもありません。時と場所によって動き方を変えていく必要があるので、自分で見て、考えて、行動しないといけない。決まった作業をやりきるのはあくまでも通過点として、それ以上は自分で考え、そして人のやり方を盗んで更に成長していってほしいですね。
ー教え方で意識していることはありますか。
朝に一日の掃除場所の指示を出しますが、細かい指示までは出しません。
例えば、砂利地の掃除。竹箒とブロアー(風で落ち葉を飛ばす機械)、どちらを使ってもいいからやるようにと指示を出します。この時、どちらを選ぶか、というのを見ています。
砂利地などの庭園以外の場所を掃除する場合は、ブロアーを使えば早く効率的に掃除ができます。一方で、竹箒だと時間はかかりますが、なるべく砂利を動かさずにゴミだけを掃いていくことを意識すると、苔を掃く時の練習にもなるんです。
ただ単に言われたことだけをこなすのではなくて、そういう指示の意図にまで気付いてくれたらいいなと思っています。
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ー最後に、庭師の仕事をするうえで大切なことを教えてください。
単なる作業とせず、想いを乗せることです。
砂利地の掃除にも、無数の想いがあります。掃いた時にゴミの中に砂利が混ざっていたら、砂利地に戻してあげる。そうしないと、砂利がなくなって後から補充しないといけなくなってしまいます。
また、落ち葉を毎回同じ場所に集めていれば砂利の薄いところができてしまいますし、同じ方向で掃いてばかりいると、平らになりません。雨が降った時に水たまりができないように、高低差をつけて水の道をつくり、水が流れるようにもしています。こうしたことを常に考えて、その日の状況を見ながら掃除の仕方を変えていきます。
丁寧すぎるように思いますか? ですが、結局はこれが究極の効率化なんです。日々きちんと手入れをしていれば、砂利を足す必要もないし、雨水で崩れることもありません。目先の効率化だけに囚われずに、本当の意味での「もったいない」を意識しながら作業をする。ここに、禅の心が根付いているのだと思います。
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編集:宮内 俊樹
執筆:細谷 夏菜
写真:望月 小夜加
※許可を得て撮影しています。