2026.1.31
小さなコケたちが教えてくれること(後編)
大石善隆×藤田隆浩
繊細でありながらも、たくましく生きるコケの魅力に迫る大石先生の講演会。前編では、コケの歴史や豆知識に加え、気候変動が進む現代における重要性について解説してくださいました。後編では、僧侶の藤田隆浩さんを交え、西芳寺のコケとその姿に通じる禅的な生き方を紹介します。
大石善隆(おおいし よしたか)
静岡県出身。京都大学理学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。現在、福井県立大学 恐竜学部教授。専門はコケの生物学。日本全国をまたにかけ、小さな体で健気にたくましく生きるコケの秘密に迫る。著書に『コケはなぜに美しい(NHK 出版)』、『じっくり観察 特徴がわかるコケ図鑑(ナツメ社)』、『コケ三昧 モコモコ・うるうる・寺めぐり(岩波書店)』、『苔の声(西芳寺オリジナル書籍)』など。

コケと向き合いながら手入れの方法を模索する
大石:西芳寺では、冬のコケの管理で工夫されていることがあります。一般的には、苔地に落ち葉があると掃き掃除をしますが、西芳寺ではあえて落ち葉を残しているんですよね。

藤田:冬のあいだは、掃き掃除をできるだけ控えています。コケにとって踏まれることがストレスになるので、立ち入りを制限することで庭を休めているんです。あと、苔地に霜柱ができることがあるのですが、その時に踏むとコケが折れてしまうというんですよね。
大石:あと、冬の空気って結構乾燥しているんですよね。落ち葉があることで湿度を維持しやすいという利点もあります。もちろん、そのまま放置してしまうと、春になったときに光合成ができなくなって枯れてしまいますし、夏には蒸れてしまいます。なので、春になれば掃き掃除はするんだけれども、冬は落ち葉がお布団のような役割をして、コケを守ってくれます。
最近はあまり見なくなりましたが、昔は敷松葉でコケを守るという方法もありました。霜柱が立つと、持ち上げられて地面から剥がれてしまうのですが、落ち葉があると霜柱が発生しにくくなります。その点でも、冬に掃き掃除をしないというのは意義があることだと思います。

藤田:冬以外は、基本的に掃き掃除と草抜きで庭の管理をしています。本来はブロアーの風で落ち葉を飛ばした方が苔地を踏む回数が減り、コケへのダメージを抑えられるのかもしれません。ですが我々の場合は、庭の異常も察したいという思いもあります。だからこそ、掃き掃除をすることでコケに目を配ることを今は意識しています。
大石先生から見て、他に気を付けるべき点はありますか?
大石:同じところを何度も踏まないことでしょうか。各地の庭園を見ると、苔地の一部にコケが生えなくなって、道ができているところがあります。それは、庭師さんが管理のために歩くところ。何回も踏んでると、どうしてもコケが消えてしまうんです。
藤田:西芳寺の庭師は、毎回違うところを通るようにしています。もう習慣的に。そうやって、コケが生えなくなる箇所がないように気を付けています。これも考えながらというか、庭と向き合いながらやっているというところですね。

西芳寺で出会える代表的なコケたち
大石:では具体的に、西芳寺ではどのようなコケが見られるのか。10種類のコケについて紹介します。
まず、有名どころのスギゴケ類のうち、西芳寺にはオオスギゴケとウマスギゴケの2種類があります。他には、湿った環境を好むヒノキゴケというのがあって、別名イタチの尻尾と呼ばれています。小動物の尻尾のようにふわふわとしていて、とてもきれいなんです。
境内で1番多いのは、白っぽい色をしたシラガゴケですね。饅頭ゴケとも呼ばれていて、ふわふわのクッションのような見た目をしています。西芳寺に生えているのは、その一種であるホソバオキナゴケかアラハシラガゴケが多いです。

藤田:掃き掃除すると、本当に白髪のような葉が出てくるんですよね。以前は落ち葉と一緒に掃き集めていました。ですが、大石先生がその葉が大事だとおっしゃっていて、最近は落ち葉から取り分けて、庭に戻すようになりました。わざわざ手間のかかる作業をしたくなるぐらい、このモコモコがやっぱり素敵ですね。
そういえば、酸性の水を好むってのもシラガゴケでしたっけ。
大石:そうですね。なので、西芳寺でもスギやヒノキの根元にモコモコと生えています。スギやヒノキを伝って降りてきた雨は、酸性が強くなるからです。
あと、シッポゴケという非常に美しいコケがあります。京都の庭園ではあまり見かけないですが、西芳寺では湘南亭の隣に大きな群落を作っていて、とても見ごたえがあります。
ハイゴケという乾燥したところに生えるコケもあります。ルーペを使ってみると、葉っぱの先がカールしているんです。日当たりのいい場所が好きで、屋上緑化にもちょこちょこ使われていたり、皆さんが苔玉を作る時も、大体このコケが使われていたりします。

藤田: 西芳寺ではあまり人為的にコケを植えることはないのですが、ハイゴケを斜面に植えると土砂の流れを防いでくれるんですよね。とても丈夫なコケという印象です。
大石:京都では、ハイゴケを活用する場所が増えてきました。昔の庭園はスギゴケが多かったのですが、環境の変化と共に使われるコケも変わってきています。
名も姿も面白い、個性派のコケたち
大石:ここからは、少し面白いコケを紹介していきます。
例ば、お腹から鞭のようなものが出ているムチゴケ。他にも、コバノチョウチンゴケというコケがあります。一般的に、植物は2月の終わりから3月にかけて芽吹くのですが、このコバノチョウチンゴケは、12月ぐらいから新芽を出します。なぜかというと、他の植物と同じ時期に芽を出すと、競争に勝てないからです。だから、他の植物が眠ってるうちに新芽を出すことで、光を得て生きていくことができる。この新芽は淡いエメラルドグリーン色をしているので、結構見つけやすいです。
水辺には、オオミズゴケがあります。園芸されてる方には、土壌改良材として使われるビートモスの名で知られています。このコケは希少種ですが、西芳寺だと水辺にたくさん生えているので、チェックしてみてください。白くてモコモコしています。

もっと洒落た名前のコケもあります。例えば、ホウオウゴケ。名前のとおり、鳳凰のしっぽのような形をしています。他にも、コマチゴケというのがあります。全体的に丸っぽくて透明感があって、たおやかな雰囲気が漂っているんですね。その美しさから、小野小町にちなんで名付けられました。

日本での呼び名って、結構洒落ているものが多いんですよね。コマチゴケは多分、西芳寺のコケで1番センスのある名前じゃないかなって、個人的に思っています。あまり生えていないので、見かけたらラッキーだと思ってください。
置かれた場所でどう生きていくのか問い続ける
藤田:大石先生からコケの話を聞いていると、いつもコケの生き方が法話の題材に成り得ると感じます。コケの生き方の中には、人間も参考にできる部分があって。なので今回は、新たなチャレンジとして、コケの姿から学べる禅語も合わせてご紹介しようかなと思います。
大石:まずは、ハマキゴケ。道路などコンクリート面に生えています。乾燥しやすく夏は暑いという非常に過酷な環境です。

そうした環境に適応するために、ハマキゴケはある戦略を持っています。何かというと、雨が降ったあと、そのままだとすぐに乾燥してしまうので、葉を先端から綺麗にまるめて、中央部分に水を残すんです。そうすることで、夏の乾燥した時期でも、ぎりぎりまで水分を保持できるんです。
このように乾燥に適応することで、他の植物が根付きにくい場所でも生きていけるようになりました。とても健気な生き方をしています。
藤田:この生き方は、「歩歩是道場」に通じているんじゃないかなと思ってて。日々の生活そのものが修行の場であるという意味の禅語です。
禅の修行において1つ大切なことは、「工夫」をするということ。目の前の物事に対してどのように向き合って生きていくのかを常に問われます。ただぼーっとするのも、ただこなすだけでもいけないんです。
お寺での作務にしても、務めを作すと読み下すとおり、常に工夫をしていかなければなりません。庭の掃き掃除をするときも、同じところばかり掃いていたら、その部分のコケが傷んでしまう。自分の行動の影響を都度考えつつ、全体感を持って、どうすれば効率的にできるかを考えながらやるということが大切です。
コケは、生を受けた場所から動けません。だからこそ、その場でどう生きていくかを、じっと考えるしかない。我々人間も、与えられた役目に対して、どのように生きていくかを考えなければいけない。置かれた場所で、なんとか工夫しながら生きていこうとするのは、生物共通のDNAなのかなと思います。
自然に抗わずに生きる
大石:あと2つ紹介しましょう。次は、先ほども紹介したシラガゴケです。特に夏場、乾燥するとパリパリにひび割れて、元の面影もなくなります。一見枯れているように見えるんですけど、水を得るとまた活き活きとした姿に戻ります。
コケは根が発達していないので、土から水を吸収できません。日照りが続く日は雨が降るまで待ち、自然に身をゆだねながら生きていくしかないんです。

藤田:この姿に通ずるのが、「春来草自生」という禅語。春が来たら自然に草が生えるという、当たり前の事象を指す言葉です。ひび割れながらも生きていくコケの姿は、自然の摂理に抗わず生きているとも言えます。
今は利便性が高まり、コンビニやネットショッピングに代表されるように、欲しいものはすぐに手に入るようになりました。それで希望を高く持ちやすい時代になったのか、自分ではなんでもできると思い込んでしまいやすい。ですが、希望が膨らみすぎると欲が生まれますし、その欲によって苦しむこともあります。
一方で、仏教には「四苦」という概念があります。これは生きているうえでは絶対に避けられない生老病死という根源的な苦を指しています。面白いことに、仏教では人生そのものが苦だと考えられているんですよね。そう思うと、何か大きな困難が起こっても自然の摂理に抗わず、それを受け入れて、じっと耐え抜くシラガコケの姿には、尊さを感じます。そんな姿から、何か学べることはないのかと自問自答してみるのも、コケとの新たな向き合い方なのかもしれません。
変えられない事象を受け入れていく
大石:最後に、ホンモンジゴケを紹介します。このコケはとても特殊で、他の生物にとっては毒になりうる銅に汚染された土地に生えていて、別名「銅ゴケ」とも呼ばれています。お寺で銅板葺きは屋根や雨樋に銅が使われているので、建物の下で見かけることがあります。

このコケも、本当はもっといい環境で繁茂したかったはずですが、いい環境には必ず屈強な植物がいます。小さなコケは屈強な相手には勝てないので、他の植物が生えてこない環境に進出するしかなかったんです。それが、今となっては逆境に適応するという強みになりました。
藤田:逆境への適応でいうと、「現成受用」という禅語があります。世の中で起きる様々な変えることのできない事象を素直に受け入れていくことを説いた言葉で、まさに西芳寺の歴史を表しているなと思っていまして。
そもそも、なぜ西芳寺にコケが生えたのかというと、応仁の乱でお寺が荒廃して、さらに川の氾濫に何度も見舞われるという厳しい時代を経験したからです。その時代を経たからこそ、庭が苔むすようになり、現在は世界中から人が集う場所になりました。まさに現成受用。西芳寺の軌跡を示す言葉ではないでしょうか。
ホンモンジゴケと同じく、生きてると本当にどうにもならないような状況や、自分だけが苦しい思いをしていると思うような状態に陥ることがあります。そういう時にこそ、逆境の中でもなんとか生きているコケがあり、そして1300年の歴史を繋げてるお寺がある、というのを思い返していただきたいです。
コケの目線で庭を見てみてほしい

藤田:こうしてコケと人間の生き方を照らし合わせてみると、どこか似ているところがありますよね。我々人間もどこか弱さがありますし、それでもなんとか生きているというか。
大石:そうですね。コケって、基本的には弱い植物なんですよ。人間にも弱いとこがたくさんあるからこそ、弱くても健気に生きてるコケの姿に、何かシンパシーを感じるのかもしれないと思っています。
藤田: 繊細で弱い一方で、すごくしたたかで力強い側面もある。それも、我々とコケの共通点かもしれません。
大石:そう思います。環境の変化に弱いとお伝えしましたが、葉に水を溜める工夫をしたり、ひび割れるほど乾燥しても雨が来るまでじっと耐えて生き抜いたり。そうした、したたかな側面にも目を向けると、またコケや庭を見るときの印象が変わってくるのではないでしょうか。
<一般社団法人西芳会からのお知らせ> 境内では、西芳寺で見られる10種類のコケをまとめた冊子「苔の声」をご用意しております。ぜひ冊子を見ながら、一つひとつのコケに注目してみてください。これまで気づかなかったものに気づけるかもしれません。

編集:宮内 俊樹
執筆:福田 安奈
写真:into Saihoji編集部
※許可を得て撮影しています。